【東大生の勉強ブログ】勉強は役に立つのか

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こんにちは。東京大学理科二類2年小川紗里奈です。

私は家庭教師だけでなく、塾講師として国語の集団指導も行っているのですが、
先日そこで生徒に「国語って勉強して何の役に立つの?」と聞かれました。

「算数・数学が何の役に立つの?」とはよく聞かれる印象がありましたが、
国語が何の役に立つのかと聞かれたのは初めてで少し驚きました。

そもそも勉強は何の役に立つのか、という疑問に対する正解というのは一体何なのでしょう。
私は勉強もそうですがやって役に立たないことはないと思っています。

 

「役に立つ」とはそもそも何を指している?

役に立つというのはそもそも「使って効果がある」とか「有用である」という意味らしいですが、
効果というのは目に見えるものだけじゃありません。

勉強が何の役に立つのかと聞かれたとき将来役に立つと答えることが多いと思いますが、
きっとそれを具体的に答えると、
いい大学に行っていい会社に入り仕事で活躍できる、とかそんなところだと思います。

それは確かに勉強が目に見える効果を発揮している部分なんでしょう。
ですがもし仮に勉強してもそんな将来が手に入らなかったからと言って、勉強が役に立たなかったわけではないと思うんです。

 

何事も目に見えない部分での成長の役に立っている

これは私が実際に生徒達に言ったことですが、国語を勉強することによって、
登場人物の気持ちが理解できるようになることで
他人の気持ちを慮れるような人になれる
と思います。

これは豊かな人間関係の構築にも役立ちますが、
自分の心や内面が豊かになることにもつながると思うんです。

英語だってそうで海外で働くのにもちろん役立ちますが、
自分と異なる考え方や価値観を持つ人と親しくなることで、
自身の考えや常識にも大きな変化をもたらしてくれるはずです。

言語による意思疎通が難しければもちろんこんなことも困難になってくるでしょう。数学も理科も社会もそうです。
もっと言えばスポーツや漫画やひいてはゲームだってそんな一面があると思っています。
目に見えない部分で内面の成長の役に立っているはずです。

 

嫌なことでもやることで価値が生まれる

確かにやっている最中は苦痛の方が勝って
何でこんなことをしなければいけないんだ。何の役に立つんだ」と思うことは多々ありましたが、
私は振り返ってみると役に立たなかったこととかやらなくてよかったことはないと思っています。

なんやかんや自分の糧になったな、と。
今も嫌になると「まあこれもいつか何か意味のあるものにある」と言い聞かせて自分を奮い立たせているので、
皆さんも勉強が嫌になったらぜひそうしてみてください。

基本的に役に立つかどうかを考えることほど意味のないことはないです。
考えてもやってみなければわからないので。

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